「すごいね」を我慢する必要はあるのか。褒め方の科学でわかっていること・いないこと

夕方のリビングで、ブロックで作ったロボットを親に見せる子どものイラスト

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夕方、子どもがブロックで作ったロボットを持ってきて、得意げな顔でこちらを見る。とっさに出た言葉は「すごい!天才だね!」。その場は笑顔で終わったのに、夜にスマホを開くと「能力を褒めると子どもはダメになる」という投稿が流れてきて、急に不安になる。似たような夜に覚えのある方は、少なくないはずです。

「褒め方」は、アメリカを中心に四半世紀以上研究が続いてきたテーマです。この記事では、その研究でわかっていることと、実はまだわかっていないことを分けて整理したうえで、ふだんの声かけにどう取り入れるかを考えます。

海外の専門家や研究はどう説明しているか

出発点になったのは、アメリカのコロンビア大学の研究チームが1998年に発表した一連の実験です。対象はアメリカの小学5年生、あわせて400人あまり。パズルを解いて成功した子に「頭がいいね」(能力そのものを褒める)または「頑張ったね」(取り組み方を褒める)と声をかけ、そのあと難しい問題でつまずいたときの反応を比べました。

結果は、はっきり分かれました。「頭がいいね」と言われた子たちは、つまずいたあとに粘らなくなり、課題を楽しめなくなり、成績も下がりました。「頑張ったね」と言われた子たちは、難しい問題にも取り組み続けました。同じ方向の結果が6つの実験で繰り返し出ています。ここから「結果や能力ではなく、過程(取り組み方)を褒めよう」という助言が世界中に広まりました。

この実験が調べたのは、10〜11歳の子どもへの、実験室での1回きりの声かけです。もっと小さい子の、毎日の家庭の会話ではどうなのか。そこを追いかけた研究もあります。アメリカ・シカゴの53家庭を、子どもが1〜3歳のころから小学生になるまで観察した調査では、親の褒め言葉のうち取り組み方への褒めの割合が高い家庭ほど、数年後に子どもが「能力は伸ばせるものだ」と考える傾向がありました。53家庭という小さな観察なので「関連が見られた」止まりで、褒め方が原因とまでは言えませんが、実験室の外でも同じ方向の結果が見えたことになります。

一方で、親向けの公的なガイドはある程度そろっています。アメリカの疾病対策センター(CDC)やアメリカ小児科学会、イギリスの国民保健サービス(NHS)の親向けページは、細かい表現こそ違いますが、「何が良かったかを具体的に、その場で伝える」という方向でおおむね共通しています。「上手だね」で終えるより、「最後まで自分で積めたね」のように見たことを言葉にする形です。

海外の親たちの実際の声

理屈はわかっても、実際の生活では迷います。研究の話が好きな親が集まるアメリカ発の掲示板Reddit(レディット)の育児コミュニティでは、このテーマが何度も議論されてきました。たとえば「good jobと言うべきか、すごく迷う」というスレッドには、100件を超えるコメントが付いています。全体の空気としては「褒めたらダメという話はSNSで大げさに広まりすぎ」という冷静な声が目立ち、純粋な褒め方否定派は少数です。以下はスレッド内のコメントの抜粋・翻訳です。

心理士としての意見ですが、こういうことを心配している時点で、あなたはたぶんちゃんとやれています。中身を具体的に挙げて褒めるのは良いことです。でも「上手だね」と言ったくらいで、子どもの育ちが妨げられることはありませんよ。


私は「上手だね」と言わないように頑張って、代わりに心からの「ありがとう」に切り替えました。子どものころ、興味のないことで親に「誇りに思う」と言われて、操られているように感じたことがあったので。


子どもは「誇りに思う」と言ってほしいんです。教師として何度も経験してきました。うまくいった子は「私のこと、誇りに思う?」と聞いてくる。目を輝かせているその子に、それ以外の答えを返すつもりはありません。


生後10か月の子が、できたときに親の顔を見て褒められるのを待っている、という相談に)

その月齢だと、褒められたいというより、あなたの反応が楽しくて、もう一回見たかっただけだと思う。何も間違っていませんよ。心からのうれしさを見せることが間違いになることは、まずありません。


要は混ぜることだと思います。いつも「上手だね」ばかりでも、いつも「ありがとう」ばかりでもなく。「あきらめないで続けたところがいいね」も言ってあげる。

異なる見解と注意点

実は、この分野の研究には続きがあります。2019年、イギリス・エディンバラ大学の研究チームが中国の小学校で、コロンビア大の実験を人数を増やしてやり直しました(こうした確かめ直しを「追試」と呼びます)。624人で試した結果、褒め方によるつまずき後の成績の差は、はっきりとは出ませんでした。元の実験と同じ方向の傾向はあったものの、偶然の範囲と区別がつかなかったのです。

これに対して元の研究チームは、「手順のずれを直して計算し直せば、私たちの結果は再現されている」と反論しました。どちらの言い分が正しいのか、第三者による決着はまだついていません。

こうした行き違いは、研究の世界では珍しいことではありません。実験室での1回の声かけと、家庭で何年も続く親子のやりとりは、そもそも別のものです。前者で差が出ても、後者でどれくらい効くのかを確かめるのは、とても難しいのです。

この褒め方研究の土台には、「能力は伸ばせると本人が信じていると、学びが進みやすい」という理論(マインドセット理論)があります。褒め方そのものの話ではありませんが、この理論を子ども自身に教える授業の効果については、多くの研究をまとめて分析した結果(メタ分析)が2018年2023年に出ていて、「効果はあるが小さい」と「ほとんど効果がない」に評価が割れています。土台の理論の側でも、議論はまだ続いているということです。

さらにアメリカには、「褒めること自体が、褒められないと動けない子を作る」と主張して褒め推奨派と対立してきた教育評論家(アルフィー・コーン氏)もいます。ただ、そのコーン氏自身も、褒める代わりの関わり方として「見たことを、評価を挟まずそのまま言葉にする」(例:「自分でくつを履けたね」)ことを勧めています。何を良しとするかは対立していても、「具体的に見て、具体的に伝える」という入り口は、先ほどの公的機関のガイドとも重なっています。

日本の家庭で取り入れるなら

日本で「結果ではなく努力を褒めよう」が広く知られたきっかけのひとつは、教育経済学者の中室牧子さんのベストセラー『「学力」の経済学』(2015年)です。同書がコロンビア大の実験を紹介したことは、書評などで広く言及されています。出版は追試論争(2019年〜)より前なので、同書にその後の展開は反映されていません。定説の「その後」まで知っておくと、SNSの断定的な投稿に振り回されにくくなります。

ふだんの褒め言葉に当てはめて整理してみます。「賢いね」「天才だね」は能力そのものへの褒め。「頑張ったね」「最後まで自分でやったね」は取り組み方への褒め。「すごいね」はどちらとも言えない万能の相づちで、これ自体が問題だと示した研究は見当たりません。

気をつけたいのは「信じられないくらい上手!」のような盛った褒め方です。オランダの研究で、自信をなくしている子は盛った褒め方をされると次の挑戦を避けるようになる、という報告があります。一方で自信のある子はむしろ挑戦が増えていました。同じ言葉でも、子どもによって逆に働くことがある、という結果です。同じチームの別の研究では、「いい子だね」のような人格への褒めが、自信をなくしている子のつまずいたあとの落ち込みを強めたという報告もあります。

そこで、次の順番で考えるのが現実的です。まず減らす候補は「人格や才能に結びつける褒め」と「盛りすぎる褒め」の2つ。効果がどれくらい確かかは論争中でも、この2つには裏目に出たという報告がある一方、減らして困ったという報告は見当たりません。優先して手を付けるならここ、というのが現実的な読み方です。足す方は「見たままを言う」だけで十分です。「最後まで自分で積めたね」。特別な語彙も演技も要らないので、疲れた日でもできます。

そして、「すごいね」「上手だね」と言ってしまっても気にしなくて大丈夫です。研究が扱っているのは褒め言葉の種類や比率の話で、特定の一言の禁止ではありません。祖父母や園の先生と褒め方が違っても、無理にそろえる必要はありません。

総括

この記事の要点です。

冒頭の場面に戻ると、「天才だね」と言ってしまった夜に必要なのは、反省でも言い直しでもなさそうです。次に見せに来たら、作品を少しよく見て、見えたことをひとつ言葉にしてみる。研究が言える範囲では、それで十分です。どこまで取り入れるかは、お子さんの反応と、その日の親の側の余裕で決めてよいことだと思います。

参考資料

公的機関

研究・論文

日本語文献

引用したRedditスレッド

この記事は情報の翻訳・整理であり、医療的な診断・治療の助言ではありません。 子どもの発達や健康について気になる状態が続く場合は、かかりつけ医や 自治体の相談窓口にご相談ください。